コンドルズ結成20周年・NHKホールへの道

Thanks! 20th Anniversary of CONDORS

隔月刊コンドルズ

2016年4月 ゲスト:安田美沙子さん
2016年2月 ゲスト:山賀博之さん
2015年12月 ゲスト:篠原ともえさん
2015年10月 ゲスト:長塚圭史さん

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コンドルズ縁の人々と近藤良平が対談する連載企画第2弾のゲストは、篠原ともえさん。
今年1月の『近藤良平のモダン・タイムス』では、出演のみならず衣装も手がけた“おそらく一番コンドルズを観ている芸能人枠の人”です!

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篠原 近藤さんとの最初の出会いは『FAUST《ファウスト》』(2004年3月/構成・演出:白井晃)ですよね。
近藤 そうそう。僕は振付を担当して。
篠原 その時の最初のダンス稽古の日のこと、覚えてます?
近藤 うーん……何やったんだっけ?
篠原 近藤さんが「僕はコンドルズというダンスカンパニーをやっていて、コンドルズっていうのは……」っていう話を1時間くらいして、それを役者全員でひたすら聞いたんです。ダンスはやらないのかしら? とか思いながら(笑)。
近藤 緊張してたんだなあ、俺(苦笑)。
篠原 で、近藤さんが「何か質問ある?」って訊いたんですけど、誰も手を挙げないから、私が「コンドルズという名前は、近藤さんの苗字からきてるんですか?」って質問したら、そこからまた延々と「コンドルっていう鳥がさ……」みたいな話が始まって。
近藤 うわ~(苦笑)。よく覚えてるね。というか、よくそれでコンドルズを観に来る気になったよね。最初に観たのは2004年夏の『BIG WEDNESDAY』でしょ? その頃はまだ“芸能人枠”の人とほとんど繋がってなかったから、コンドルズを観に来た“芸能人枠”の女性の相当初期の人だと思うよ。
篠原 我ながら、センスあるなと思います(笑)。私はファッションでも何でも、流行る前のものが好きで、ムーヴメントをつくりたい派なんですね。だから公演を観て、このグループはきっとこれから面白い物語をつくっていくんだろうな。素敵な人達見つけちゃった! という感じでした。
近藤 うわ、褒められた(照笑)。
篠原 その公演で強烈に印象に残っているのは、ピンスポットの照明の中で、近藤さんの手だけがリズムを取ってるシーン。照明と近藤さんの動きが完全にリンクしていて、近藤さんは一体どういうふうに作品づくりをしているんだろう? と惹き込まれて。ちょうどその前に長塚圭史さんから、ある話を聞いてたんです。コンドルズの公演で、始まって割とすぐにステージの仕掛けがうまくいかなったことがあったんですよね?
近藤 ああ、あったな。確か、映像の幕が落ちなかったトラブルが。
篠原 その時、近藤さんがサッと出て来て舞台を止めて、「もう1回!」って指をパチンと鳴らしたら、照明も音楽もダンスもすべてが始まり直して。それが演出家でもある長塚さんには衝撃的で、「僕は、世界で一番カッコイイ男は近藤良平だと思う」って言ってました。その話がピンスポの中の手と繋がって、私も一気に近藤さんの大ファンになったんです。
近藤 また褒められた(照笑)。以来ずっと観に来てくれてるよね、初期に見定めをしてくれた保証人みたいな感じで。友達も連れてきてくれるし、ありがたいですよ。おそらく篠原ともえは、一番コンドルズを観ている“芸能人枠”の人じゃないかな。

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篠原 でも実は私、最初は小林顕作さんのことが苦手だったんです。ダンスが観たいのに、いっぱいしゃべる人がいる! このグイグイ来る感じは何!? と思って。
近藤 顕ちゃんのあのグイグイ度は、初期の頃から変わらないからな。
篠原 私、自分からコミュニケーションするのは好きなんですけど、グイグイ来る方からは全力で逃げ出したくなるんです。でも、私がコンドルズを好きっていう感情を突き通すためには、この人を乗り越えなければ! と思って。
近藤 面白いなあ(笑)。
篠原 でも、『勝利への脱出』(2006年)のトークショーに呼んでいただいた時に、小林さんと何となくコミュニケーションが取れてからは大丈夫になりました。そしたら、その後NHK-Eテレの『みいつけた!』でご一緒することになって。
近藤 いまや顕ちゃんは、子どもに大人気のオフロスキーだもんね。“先生枠”の石渕さんや俺と違って“俳優枠”で頑張ってるぎたろーも、そのうち“芸能人枠”の人達といっぱい仕事する日が来るのかなあ。
篠原 私、コンドルズの“職業を2つ持っている運命”も好きなんです。自分も歌とか女優とかデザインとか、いろいろやらせてもらってるから。
近藤 確かにうちのメンバーは2つ以上持ってるね。みんな教えることが好きだし、“先生枠”が結構いるから、芸術系の学校ならそれなりにつくれそうな感じはあるよ。美術科、ダンス科、俳優科、あと書道科とかね。実は、コンドルズで学校つくったら面白いなって、ちょっと思い描いたこともある。
篠原 学校! そこで学生服と繋がるわけですね! ちなみに、篠原は昔、ランドセル背負ってました(笑)。16歳で歌手デビューして今年ちょうど20周年なので、コンドルズさんより1年だけ先輩なんですよ。
近藤 そうかそうか。確か、夏にシノラー展(『篠原ともえ&シノラー展』)をやったんだよね?
篠原 20周年記念イベントとして開催しました。“じぶんでつくる・みんなでつくる”をテーマに、デビュー時からの衣装やグッズや最近つくったドレスを展示したり、シノラーになれるコーナーをつくったり。ちょっとしたシノラーの同窓会みたいな感じでした。
近藤 すごいよね。つくることが好きで、シノラーっていうムーヴメントまでつくっちゃったわけだから。当時から、ムーヴメントをつくろうっていう意識はあったの?
篠原 みんなが真似してくれたら嬉しいなとは思ってましたけど、自分で着たいものを自分でつくる楽しさを配りたい! っていう思いのほうが大きかったかも。今30代の美容師さんとかデザイナーさんには「私、シノラーでした」っていう方が多いんですよ。そうやって“つくる仕事”についた元シノラーの方達とお仕事できたりすると、すごく嬉しいです。
近藤 それはもう、ある意味、親分だね。実は僕も、ダンスというより、コンドルズがやりたいと思ってコンドルズを始めたから、そういう意味ではシノラーと近いかも。
篠原 コンドルズというジャンルをつくったわけですもんね。
近藤 そうそう。ただね、シノラーと違ってコンドルズの場合は、真似する人が意外といなかったんだよね(笑)。
篠原 真似できませんよ、ちょっとオリジナル過ぎて(笑)。

ryohei近藤 そういえば、ともえちゃんには『FAUST《ファウスト》』の割とすぐ後に、僕が神楽坂セッションハウスでやってるリンゴ企画に出てもらったよね。
篠原 楽しかったです。長塚圭史さんと木佐貫邦子さんと近藤さんと私の4人でやらせてもらって。私が覚えているのは、近藤さんから急に電話がかかってきて何事かと思ったら、天気の話とか、最近どう? とか、そういう世間話をずーっとしていて。
近藤 うわ~(笑)、超恥ずかしい。
篠原 で、何の話なんだろう?と思っていたら、「えっと、セッションハウスっていうスタジオがあって」みたいな話をぬるっとされたんですね。それで、つまりそれは「出て」っていうことでしょうか? そうならやらせていただきますって、私から言ったんです。
近藤 ものすごく緊張したんだよね。いわゆる“お仕事”的なものじゃないところで、何か一緒にできないかなと思って、とりあえず自分のホームであるセッションハウスに誘い出そうと思ったんだけど、相手は“芸能人枠”だし、女性だし。だから余計に、稽古でたくさんつくった不思議なシーンにスイスイついて来て一緒に入り込んでくれて、嬉しかった。ブランドシリーズとか覚えてる?
篠原 覚えてます! 照明が点くと、私と長塚さんがファッションブランドのロゴマークを表現しているっていうシリーズ!
近藤 人文字ならぬ、人ロゴ(笑)。“シャネル”のマークとか、びっくりするほど受けたよね。
篠原 そうそう! はじけるように笑いが起きて。あの瞬間の私は、本当に輝いてたと思います(笑)。
近藤 そうだね。動きだけで魅せられる力を、一番感じた瞬間だった気がする(笑)。「この人、動きもできる!」って。
篠原 小学生の時やってたバレエが活きましたね(笑)。ただ私、近藤さんが「どんなブランドが好き?」って訊くから、最初は服の話だと思ってたんです。それで、フセイン・チャラヤンとかクリスチャン・ラクロワとか、真面目に答えたら、「それわかんないな」とか言われて、全然話が噛み合わなくて(笑)。
近藤 ファッションが好きだって知ってたから、それで何かつくろうかなと思って。圭史もノリノリで、スターバックスとかウェンディーズのマークまでやってたよね。そういうところで会った人とは、やっぱり後々一緒にやることになるんだな。時を思い返せるこの対談企画、いいね。今までやってきたことが繋がって見えてくると、これからやるべきこともまた見えてくるし。

篠原 それがちゃんと繋がって、今年『近藤良平のモダン・タイムス』(2015年1月)で久々に一緒にお仕事できて、私も本当に嬉しかったです。出演のお話をいただいた時に、私のほうから「絶対に素敵にしますから、衣装もやらせてもらえませんか?」って申し出たんですよね。
近藤 正直、あの公演は、篠原ともえがブレーンにいてくれなかったら成り立たなかったと思う。出演者も多くて、予想外に大変だったし。
篠原 大変でしたよ。20人くらい出るって聞いてたのに、蓋を開けたら40人! やるって決めた以上は頑張るしかないと思って、結局、60着つくりました。
近藤 オーディションで絞れなかったんだよね、面白い人がいっぱいいて(苦笑)。みんな、衣装をつけた途端にスイッチが入ったみたいにバーンと変わって、本当によかった。学生とかプロじゃない人も多かったから、衣装に影響された部分は大きいと思う。
篠原 私も最終的には、みんなにすごく似合ったお洋服を提案できたかなと思ってます。やっぱり自分はつくることがすごく好きなんだなって改めて感じたし、自信にもなりました。
近藤 うん。衣装をバーッと並べて、一人一人に合うものをスパスパッと決めていく姿、カッコよかったよ。カリスマってこんな感じかなと思ったからね。
篠原 やったー! でも最初は正直、近藤さんの創作メモを見て、どんな衣装をつくればいいの!? って頭を抱えたんですよ。だって「犬」とか「逃げる人」とか、夢のかけらを書き留めたようなメモなんだもの。でもそんな断片からシーンを立ち上げて、物語を紡いでいくと、最後は一つに繋がって、なぜか涙がこぼれるような大エンディングになっていって……すごく感動しました。
近藤 僕もそれが面白くてやってるところがあるんだよね。ふわふわとつくっていたものに話が通りそうな時とか、繋がった!みたいな時に、ものすごい至福と面白さがこみ上げてくるから。毎回その繰り返しだね。だって、台本がないんだもん(笑)。

篠原 私、近藤さんに会って割とすぐの頃に「インスピレーションのもとは何ですか?」って訊いたことがあるんですけど、覚えてますか?
近藤 いや、全然。何て答えてた?
篠原  「すべてではないけれど、映画からもらうインスピレーションは大いにある」って。
近藤 ああ、そうかも。僕の場合、作品づくりの初期衝動が、かなり映画だったから。それでコンドルズの公演もCM映像で始まるんだよ。そういえば、確かに若かりし頃、白黒映画の名作とか、ドキュメンタリー的なイタリア・ネオレアリズモの映画がいかにいいかとか、いろいろ話した気がする。
篠原 『自転車泥棒』『禁じられた遊び』、あと『髪結いの亭主』とか、いろんな素敵な映画を教えてもらいました。
近藤 そうそう! アメリカナイズされた映画は好きじゃなくて、意外と切ない映画が好きなんだよね。しかもDVD観るんじゃなくて、映画館で観るっていうのが、僕にとっては大事なことで。確か、ユーゴスラビアの『アンダーグラウンド』っていう映画も紹介したよね。あの映画に出てくる地下の変わった住民達の在り方とコンドルズが似てるっていう話をしたのは覚えてる。そこもまた映画に触発された部分だな。そもそも自分が言葉が苦手なこともあって、映画の音楽と動きだけで持って行かれちゃう感じがすごく好きなんだよね。初期のコンドルズ作品は、僕がサントラから選んだ映画音楽を随分使ってるんだよ。
篠原 音楽も、面白いものをたくさん教えてもらいました。「これ、きっと好きだよ」って、CDとかもプレゼントしてくれて。
近藤 すげえ! 俺、そんなことやってたんだ(笑)。そういう熱心さは、今は随分減ってしまったなあ……。そうか、よし。なんかまた、やる気が出てきたぞ。
篠原 (笑) いろんな素敵なものに触れておくって大事なことなんだなって、大人になると余計に感じます。お陰様でクリエイションにもとても役立っていて、ユーミンさんのツアーの衣装のデザインを担当させてもらった時も、「あの映画のこういうシーンのイメージで」っていうリクエストに、すぐに反応できました。
近藤 それはよかった。コンドルズではオクダさんも映画とかいっぱい観てるから、教えてもらったらいいよ。全部観たような顔して薀蓄語るから面倒臭いけど(笑)、あの敏感な吸収力には気持ちいいものがある。
篠原 いえ、私は近藤クラスがいいです。オクダさんもたぶん、逃げ出したくなる存在だから(笑)。
近藤 確かに! コンドルズの学校では、オクダさんのクラスは地下2階の一番風通しが悪い場所にしよう。まさに“アンダーグラウンド”だね(笑)。

取材・構成・文/岡﨑 香


篠原ともえ/Tomoe Shinohara

1979年3月29日、東京都出身。95年に歌手デビュー。自身のアイディアによる“シノラー”ファッションで脚光を浴び、タレント、衣装デザイナー、女優、ナレーター、ソングライターなど多彩に活動。大学でデザインを本格的に学び、2013年には松任谷由実コンサートツアーの衣装デザインを担当。14年にはデザインアソシエーションNPO理事、内閣官房知的財産戦略・CJムーブメント推進会議メンバーとなる。また近年は、テキスタイルデザイナーや天文を愛す“宙(そら)ガール”としても活躍。書籍『ザ・ワンピース~篠原ともえのソーイングBOOK』(文化出版局)、『宙ガール★篠原ともえの「星の教科書」』(講談社)が好評発売中。http://www.tomoeshinohara.net